2012.01.07 Saturday
あけまして・・・
今さらですが、おめでとうございます。
今年もCafe P/S をよろしくお願い申し上げます。
すっかりブログの更新が途絶して、失礼をいたしました。
抱負、などと大げさなものは特に立てずに、
今まで通りに自然体で、満7歳を迎えようと思っておりますが、
スタッフと話し合って出てきた今年の課題として、
・フードメニューの充実、その他メニューの総点検
・目指せ、ラテアート
・CDの整理整頓!
・勝手に周辺の活性化プロジェクト(具体案はまだ秘密)
なんてものがあります。
え? あ、はいはい、「ブログのまめな更新」、
鋭意努力するよう、前向きに検討させて頂きます。…
(S)
今年もCafe P/S をよろしくお願い申し上げます。
すっかりブログの更新が途絶して、失礼をいたしました。
抱負、などと大げさなものは特に立てずに、
今まで通りに自然体で、満7歳を迎えようと思っておりますが、
スタッフと話し合って出てきた今年の課題として、
・フードメニューの充実、その他メニューの総点検
・目指せ、ラテアート
・CDの整理整頓!
・勝手に周辺の活性化プロジェクト(具体案はまだ秘密)
なんてものがあります。
え? あ、はいはい、「ブログのまめな更新」、
鋭意努力するよう、前向きに検討させて頂きます。…
(S)
2011.10.15 Saturday
「Little Me 〜私のこどもにきせたい服」展
ただ今開催中の、子供服ファッション展の様子です。

ブランド名は「kimokimo382」 (数字は「さやか」と読みます)、
デザイナーの「さやか」さんは、神戸芸術工科大学とイギリスの
ノッティンガム・トレント・ユニヴァーシティーで服飾デザインを学び、
現在神戸でデザイナーとして活躍中の若い方です。
服は天井から吊るして展示してます。
あと店内では、実際に子どもさんをモデルにした
写真を展示中です。

このかわいいモデルさん、実はご近所の市場なんかで
よく見かけるかも、というお子さんです(笑)。
今回は展示がメインで、値段はついてませんが、
ご希望があれば販売もしているそうです。
(展示終了後に郵送)
展示は来週火曜日(10/18)まで。
明日日曜日は、さやかさん自身も1日お店におられます。
(月・火は6時半ぐらいからいます、とのこと。)

(S)

ブランド名は「kimokimo382」 (数字は「さやか」と読みます)、
デザイナーの「さやか」さんは、神戸芸術工科大学とイギリスの
ノッティンガム・トレント・ユニヴァーシティーで服飾デザインを学び、
現在神戸でデザイナーとして活躍中の若い方です。
服は天井から吊るして展示してます。
あと店内では、実際に子どもさんをモデルにした
写真を展示中です。

このかわいいモデルさん、実はご近所の市場なんかで
よく見かけるかも、というお子さんです(笑)。
今回は展示がメインで、値段はついてませんが、
ご希望があれば販売もしているそうです。
(展示終了後に郵送)
展示は来週火曜日(10/18)まで。
明日日曜日は、さやかさん自身も1日お店におられます。
(月・火は6時半ぐらいからいます、とのこと。)

(S)
2011.06.20 Monday
福島レポート(4) 「パートナーシップ」
いったいこれのどこが「カフェ」ブログなんだ!?
という厳しいお叱りの言葉を非常にたくさん
頂いては別にいませんが、さすがにこれで打ち切りで。
最終日は、「会津」地方へ。そこで、
第2原発近くの「楢葉町」の人たちの避難所に
なっている、廃校になったばかりの小学校へ。
「浜通り」「中通り」からずっと内陸に入って
さすが、初めての会津若松は、距離だけではなく、
歴史・文化の点からも大きな違いを実感。

避難所に詰めている楢葉町役場の職員、
いなせな好青年、といった感じの方にお話を
聞いたのですが、避難所のある会津美里町は、
どういうわけか海と山で楢葉町とずっと交流が
あったそうで、避難先としてもすんなり決定したそう。
やっぱり大事ですね、町ごとでも「パートナーシップ」。
当然町の人たちも避難者を実に好意的に受け入れて
くれているそう。反対にある町で集団で避難した先で、
「××町のやつらは・・・」と悪評を立てられている場合も
あるそうで、やはり日ごろからの付き合いが大事かと。
お話を聞いている間、「京都市役所」のジャンパーを
着た若者3人ほどが「よろしく〜」と言いながら
何か支援に教室を回られていました。
関西自治体職員の支援は助かってますか? と
聞いたら、「ものすご〜く、たすかってます!」と
力強い返事。むしろ、どうやって府県ごとの支援の
分担をしたのか、関西広域連合のパートナーシップ方式の
説明を、私がする羽目になってしまいました。
東電に対する複雑な心境や、ちょっと聞きには
面白い話などもあれこれ聞いたのですが、
それはあいにく割愛を。

(帰路、磐越西線の車窓からのぞむ
会津磐梯山のみごとな風景)
しかし、最後に一つ痛恨事が。あれです、
さんざんあんなにえらそうに書いてたのに、
別れ際にやっぱり、言ってしまいました、
「がんばってください!」・・・
(おわり)
追記:
「被災地NGO協働センター」への3回目の募金、
6月11日が土曜日であったため、週明けにずれこみ
ましたが、やはり今度も6千円、送金しました。
ご協力、ありがとうございました。まだまだ続けます!
ちなみに6/12のETV特集で、これまでの同団体の
活動がまとめて放送されてましたね。
http://www.nhk.or.jp/etv21c/file/2011/0612.html
(S)
という厳しいお叱りの言葉を非常にたくさん
頂いては別にいませんが、さすがにこれで打ち切りで。
最終日は、「会津」地方へ。そこで、
第2原発近くの「楢葉町」の人たちの避難所に
なっている、廃校になったばかりの小学校へ。
「浜通り」「中通り」からずっと内陸に入って
さすが、初めての会津若松は、距離だけではなく、
歴史・文化の点からも大きな違いを実感。

避難所に詰めている楢葉町役場の職員、
いなせな好青年、といった感じの方にお話を
聞いたのですが、避難所のある会津美里町は、
どういうわけか海と山で楢葉町とずっと交流が
あったそうで、避難先としてもすんなり決定したそう。
やっぱり大事ですね、町ごとでも「パートナーシップ」。
当然町の人たちも避難者を実に好意的に受け入れて
くれているそう。反対にある町で集団で避難した先で、
「××町のやつらは・・・」と悪評を立てられている場合も
あるそうで、やはり日ごろからの付き合いが大事かと。
お話を聞いている間、「京都市役所」のジャンパーを
着た若者3人ほどが「よろしく〜」と言いながら
何か支援に教室を回られていました。
関西自治体職員の支援は助かってますか? と
聞いたら、「ものすご〜く、たすかってます!」と
力強い返事。むしろ、どうやって府県ごとの支援の
分担をしたのか、関西広域連合のパートナーシップ方式の
説明を、私がする羽目になってしまいました。
東電に対する複雑な心境や、ちょっと聞きには
面白い話などもあれこれ聞いたのですが、
それはあいにく割愛を。

(帰路、磐越西線の車窓からのぞむ
会津磐梯山のみごとな風景)
しかし、最後に一つ痛恨事が。あれです、
さんざんあんなにえらそうに書いてたのに、
別れ際にやっぱり、言ってしまいました、
「がんばってください!」・・・
(おわり)
追記:
「被災地NGO協働センター」への3回目の募金、
6月11日が土曜日であったため、週明けにずれこみ
ましたが、やはり今度も6千円、送金しました。
ご協力、ありがとうございました。まだまだ続けます!
ちなみに6/12のETV特集で、これまでの同団体の
活動がまとめて放送されてましたね。
http://www.nhk.or.jp/etv21c/file/2011/0612.html
(S)
2011.06.17 Friday
福島レポート(3) 「風評被害」考
…その後、行ってきました、DASH村のある(あった)
「浪江町津島地区」(原発から20数キロ)。
大学の先生のお知り合いがおられる、とのことで
車を走らせたら、線量計の数字が上がる上がる。
「5μSv ... 8μSv ...」だんだん皆の口が重くなる。
車外に出たら余裕の10μSv/h(年換算で87ミリシーベルト)。
見えない放射線への恐怖が、身も心も締めつける。

「計画的避難区域」に指定されて、避難勧告ぎりぎりの
日だったため、マスク姿の少年が液晶テレビ抱えてたり。
郡山に戻って翌日、ガイドをして下さった福島市の博物館の
学芸員の方が、熱く「正義」について語って下さいました。
「「風評被害」って言われてるけど、問題は「風評」じゃない、
農家の方々だって自分の田畑が安全かどうか
本当は分かってないのが問題なんだ・・・」

(とある道の駅の直売場で。
「ハウスものです。」という手書きのタグが
悲しく切ない。)
「昨夜、線量計を借りて住んでるマンションであちこち
計ったけど、1階と3階、部屋の中でも、よく使う階段と
あまり使われてない階段でも、数値が変わる・・・」
「今必要なのは "福島に線量計を!"。
農家ならば、田んぼごと、畑ごとに線量を計る、
子どものためにも、通学路や学校内の場所ごとに計る。
それをせずに政府や自治体は、大きなメッシュ(網目)だけで計って
地区全体を「安全」宣言したり、作付制限したりしてる。
それでは農家も子どもを持つ親も、誰も安全を確信できない・・・」
「けっきょく「風評被害」という言い方で、野菜が売れないのを
消費者のせいにして、政府・自治体の
不作為(怠慢)から目をそらしてしまっている。
本当に必要な情報を、必要としている人に。
これは「正義」の問題ですよ!」
(まだつづく?)
(S)
「浪江町津島地区」(原発から20数キロ)。
大学の先生のお知り合いがおられる、とのことで
車を走らせたら、線量計の数字が上がる上がる。
「5μSv ... 8μSv ...」だんだん皆の口が重くなる。
車外に出たら余裕の10μSv/h(年換算で87ミリシーベルト)。
見えない放射線への恐怖が、身も心も締めつける。

「計画的避難区域」に指定されて、避難勧告ぎりぎりの
日だったため、マスク姿の少年が液晶テレビ抱えてたり。
郡山に戻って翌日、ガイドをして下さった福島市の博物館の
学芸員の方が、熱く「正義」について語って下さいました。
「「風評被害」って言われてるけど、問題は「風評」じゃない、
農家の方々だって自分の田畑が安全かどうか
本当は分かってないのが問題なんだ・・・」

(とある道の駅の直売場で。
「ハウスものです。」という手書きのタグが
悲しく切ない。)
「昨夜、線量計を借りて住んでるマンションであちこち
計ったけど、1階と3階、部屋の中でも、よく使う階段と
あまり使われてない階段でも、数値が変わる・・・」
「今必要なのは "福島に線量計を!"。
農家ならば、田んぼごと、畑ごとに線量を計る、
子どものためにも、通学路や学校内の場所ごとに計る。
それをせずに政府や自治体は、大きなメッシュ(網目)だけで計って
地区全体を「安全」宣言したり、作付制限したりしてる。
それでは農家も子どもを持つ親も、誰も安全を確信できない・・・」
「けっきょく「風評被害」という言い方で、野菜が売れないのを
消費者のせいにして、政府・自治体の
不作為(怠慢)から目をそらしてしまっている。
本当に必要な情報を、必要としている人に。
これは「正義」の問題ですよ!」
(まだつづく?)
(S)
2011.06.09 Thursday
福島レポート(2) 「淡々と生きる」
・・・約1週間、気をもたせました。
郡山市内での放射線量計の値、
車内でも場所によって 0.3μSv/hを越えて、
「ピーピー」警告音が鳴り出したり。
(ちなみに東京の線量は現在約0.06μSv、神戸で0.04μSv、
福島の小学校の許容量で話題になったのは 3.8μSv/h でした。)
さらに車外に出て、線量計を舗装されてない地面に近づけると
1μSv越えたり、雑草に近づけると 2μSvになったり・・・

(写真は郡山より南の地域で撮ったもの。「3μSV」を越えている。)
翌日、中通りと浜通りの間にある阿武隈(あぶくま)高地の、
原発から30km圏付近のある町の、立派な農家さんを訪ねました。

「うちは趣味で農家やってて、ほとんど自給自足だけど、
今はもうサラリーマンと同じさね。スーパーで野菜買ってね」
・・・作った野菜は販売していなかったので、補償の対象にはならない。
「いつも野菜を親戚に送ってるけど、今年はきっと嫌がられるしね、
畑はやってねえよ」
「もう正月も盆も、孫たちが遊びに来てくれないかと、
それが寂しくてね・・・」
穏やかな高原の山並みが軒先からのぞめる、
本当に美しい場所でした。
なぜ避難しないんですか、なんて聞くのが
ばかばかしくなるほどに。
見た目にはのどかな風景と日常の中に、
しかし放射線への不安がかすかな澱(おり)のように
沈殿しているようでした。

(囲炉裏の端、役場から配布される、細かい場所ごとの
放射線量の一覧表。「・・・小学校」「・・・公民館」などと場所の
標記が左端に。この家から最寄の場所の線量にマーカーがしてある。)
「ああ、あんたら今から××に行くの。あそこは10マイクロ超えてるから、
気をつけた方がいいよ」
山村の日常の中に、放射線医学の用語がすっかり浸透している、
滑稽さと不条理。
中通りに家と職場があり、孫が生まれたばかり、というある女性が
こんなことを語ってくれました。
「みんな淡々と、ふだん通り生活してます。
でも子どもさんのいる家は特に、線量をチェックしたり
みんなしっかり自分で身を守るようにしてます」
郡山市内でも、大人はマスクなしで普通に過ごしている人も多いが、
洗濯物が外に干してある光景は、決して目にしない。
「心配する皆に”避難したら” って言われるのが、とてもつらいんです。
まるで非難されてるようで。動けない事情もあるのに。」
「もちろん避難も考えます。でもこんなことがあって、
自分がほんとに福島のことが好きだったんだって、気づきました。
こうなったら、有名になったことを逆手に取って
福島を震災前よりも盛り上げてやるぞ、ぐらいな気持ちでいます…」
(つづく)
(S)
郡山市内での放射線量計の値、
車内でも場所によって 0.3μSv/hを越えて、
「ピーピー」警告音が鳴り出したり。
(ちなみに東京の線量は現在約0.06μSv、神戸で0.04μSv、
福島の小学校の許容量で話題になったのは 3.8μSv/h でした。)
さらに車外に出て、線量計を舗装されてない地面に近づけると
1μSv越えたり、雑草に近づけると 2μSvになったり・・・

(写真は郡山より南の地域で撮ったもの。「3μSV」を越えている。)
翌日、中通りと浜通りの間にある阿武隈(あぶくま)高地の、
原発から30km圏付近のある町の、立派な農家さんを訪ねました。

「うちは趣味で農家やってて、ほとんど自給自足だけど、
今はもうサラリーマンと同じさね。スーパーで野菜買ってね」
・・・作った野菜は販売していなかったので、補償の対象にはならない。
「いつも野菜を親戚に送ってるけど、今年はきっと嫌がられるしね、
畑はやってねえよ」
「もう正月も盆も、孫たちが遊びに来てくれないかと、
それが寂しくてね・・・」
穏やかな高原の山並みが軒先からのぞめる、
本当に美しい場所でした。
なぜ避難しないんですか、なんて聞くのが
ばかばかしくなるほどに。
見た目にはのどかな風景と日常の中に、
しかし放射線への不安がかすかな澱(おり)のように
沈殿しているようでした。

(囲炉裏の端、役場から配布される、細かい場所ごとの
放射線量の一覧表。「・・・小学校」「・・・公民館」などと場所の
標記が左端に。この家から最寄の場所の線量にマーカーがしてある。)
「ああ、あんたら今から××に行くの。あそこは10マイクロ超えてるから、
気をつけた方がいいよ」
山村の日常の中に、放射線医学の用語がすっかり浸透している、
滑稽さと不条理。
中通りに家と職場があり、孫が生まれたばかり、というある女性が
こんなことを語ってくれました。
「みんな淡々と、ふだん通り生活してます。
でも子どもさんのいる家は特に、線量をチェックしたり
みんなしっかり自分で身を守るようにしてます」
郡山市内でも、大人はマスクなしで普通に過ごしている人も多いが、
洗濯物が外に干してある光景は、決して目にしない。
「心配する皆に”避難したら” って言われるのが、とてもつらいんです。
まるで非難されてるようで。動けない事情もあるのに。」
「もちろん避難も考えます。でもこんなことがあって、
自分がほんとに福島のことが好きだったんだって、気づきました。
こうなったら、有名になったことを逆手に取って
福島を震災前よりも盛り上げてやるぞ、ぐらいな気持ちでいます…」
(つづく)
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